船内刺殺事件発生

帰船する機動艇に乗り合わせた一人の酒に酔った海兵が、ジャコップ飛びつきに失敗して海に落ち、ずぶぬれのまま何の不満か司厨長室にどなり込む気配があった。

司厨長はとっさに片手に柳包丁を持ち、ドアを内部から抑えていたが腕力でドアを開け、途端に海兵は柳包丁に自分からのしかかり、運悪く即死するという突発事故が起きてしまった。

司厨長は「殺すつもりはなかった」と遺体に泣きくずれた姿は哀れであった。

この海兵の不満の原因は、海兵側の軍票(戦地、占領地で軍が正貨に代えて発行する紙票)交換で事務長に不信があったらしく、司厨長の所掌外のことを誤解していたものと推察された。

こともあろうに軍属が軍人を刺殺した形となったので、船長は経緯を詳しく軍に説明し、穏便な処理を要望したことは当然である。

しかし残念ながら彼は拘束され、軍法会議に付されることになってしまった。

彼は人柄もよくメニューも好評で、船側としては実に痛恨にたえない事件であった。

当時、蘭印方面の航路は時々敵潜が出没する程度で、海兵たちは通常訓練と見張りが主で、船員からみると、なかば徒食しているようにも見えた。

彼らと船員との仲は親密であったものの、手持ちぶたさから内心何か鬱積したものがあったのかも知れない。 本件処理は戦時下とはいえ、船員側としては甚だ遺憾にたえないものがあった。

©2002 Kaneo Kikuchi

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