台風情報

夏期のフィリピン航路は、台風銀座と言われる程よく大時化に見舞われるところであった。この時の帰路も台風圏に接近、ロープで厳重に固縛していた救命艇が、激浪で流失寸前になるなど、猛烈な暴風に巻き込まれた。

通信室の当直は、船体の傾斜で椅子がスベルので足を踏ん張り、左手はテーブルにつかまり、右手で電鍵を叩かなければならなかった。それでも中央気象台には、自船観測の気象電報は定時毎に送りつづけていた。

一方、台風の正確な位置、進路を把握するため、日本とマニラの台風情報を受信して船橋に届けていた。ところが両者の推定台風位置にズレがあり、判断に迷った森船長から「台風情報の受信はどちらか、一ケ所にしてくれ」との要望があったが、私は「いま船を救う手段は、この複数情報を判断材料にする以外にはありません」と進言したのであった。

さんざん台風に翻弄されている最中に、官報電報が届いた。なに事かと思ったら「貴船は台風の中心圏を離脱できた」との、中央気象台からの通報であった。

海洋気象予報は、海上に点在する船舶からの気象観測データに基づいて作成するため、本船観測の情報が役立ったことに対する謝意であったものと考えられる。しかし船側としては、当然のことながら台風圏に入る前に、適切な助言がほしかったのは言うまでもない。

いままで、後にも先にも「官報電報」を受信したのは、この一件だけであった。 (現在では、気象衛星によって台風の位置が正確に把握できるので、当時の苦労は昔語りとなっている)

©2002 Kaneo Kikuchi

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