カルカッタ航路

昭和二十六年春、インドのカルカッタに粉炭の積み込みに就航した。戦火の海の悪夢も遠のき、一路ベンガル湾向け平穏な航海をつづけた。

本船にはオートパイロット(自動操舵装置)が設備され、外洋を航行中はこの装置を活用していた。あるとき福地船長が入浴中ふと空を眺めたら、雲の動きから船の旋回に気づき、あわてて素っ裸でブリッチ(船橋)に駆け登り、当直航海士をどなりつけたことがあった。

これは明らかに自動装置過信に基づくハプニングであるが、幸い通航船も少ない外洋上であったために事なきを得たが、心すべき貴重な教訓かつ体験であった。

カルカッタはインド東部のガンジス川の分流フーグリ川の河口より二百キロ上流にある良港で、当時、人口二百五十余万人のインド第二の大都市であった。同港で荷役中は、石炭粉のためポールド(丸窓)を閉め、扇風機は、ただ熱風をかき回すだけで、船室は蒸し風呂同然だった。そのため、仲間と市内に出て、ビクトリア記念堂など見学したり、ショッピングを楽しんだ。

一般店での買い物は値切るのがあたり前で、船員たちはお互いに、いかに安く買ったかと自慢していた。私も手頃な革靴を見つけたが、手持ち金に見合うまで値下げしないので、不足金は次回入港のとき支払うことで商談が決着した。

私はこの航海で、船乗りから足を洗うつもりだっので、親友のK航海士にこの支払いを依頼することにした。

©2002 Kaneo Kikuchi

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