○跋文抄

元東大教授、農業経済学者 東畑精一博士は本書(著者注:大道)に次のような跋文を寄せている。

「田中さんの今日までの生涯は仕事としては海運業で貫いている。およそ半世紀に近い。 この間、日本の海運業界の有為転変はじつに目まぐるしいものがあり、現に「もはや戦後 ではない」といった諸産業の情勢のなかでも、その感覚の最もおくれた部門である。

まだ終戦時の惨状から完全に脱却して立ち上がりかねているような部門である。こういうなかにあって、彼は第一次世界大戦中の大正六年から昭和恐慌の始めの昭和五年八月まで山下汽船に働らき、同年末に同志とともに大同海運を創設した。

漸く不況を脱した頃には大東亜戦争、日本の海運が実質的に消滅するのを身を持って体験した。

大同海運の社長を辞したのは二十二年、しかしそれ以来は会長ないし相談役として、結局本年、大同海運が日東商船と合体してジャパンラインに「昇華」するまで深い関係を保ってきた。

この間の起承転結の構図は至極大きいものがある。成金、破綻、不況、沈滞、戦争、喪失、敗戦、混沌、苦悶、再建等々、およそ考えられうる経済上のあらゆる出来事に当面している。その一つ一つの段階において、人々は歓喜し落胆し脱落し死守し復活して人間の運命を知った。これだけの浮沈の場面を体験した田中さんの晩年はうらやましく、ドッシ リしたものであるとも言えるであろう。

しかも此の浮沈の間に彼に背を向けたたことのない同志を持っていたのは、最大の幸いと言えるであろう。田中さんは「大」の字が甚だ好きらしい。彼の文章を読むと度々この活字につきあたる。大同ももちろんその一つであるが、こんどの大道もまた然りである。

彼は心のなかで、小事といわず大事とてわず万事万端を処理し続けたいと念じているに違いない。

田中さんは学生時代まさに秀才であったということである。老馬となって夜道を知らないような老人に向かって秀才だったと言うのは、はなはだ失礼な言葉であろう。いま田中さんに敢えて昔しの秀才を言うのは、ただ彼の今日が過去の彼を想起させるからである。

彼は老来いよいよ読書を広くし深くして、やすむところを知らない。彼の文を読むものはいつも新しい発想と豊かな文字とに接するであろうが、これこそ読書子の多くが持ちうる才能の現れであろう。彼は老健の秀才といわなくてはなるまい。彼は大をいっそう大きな大となすに違いない。それが大道であろう。」

©2003 Kaneo Kikuchi

表紙 目次 前頁 03-08 次頁