高栄丸の南米就航

昭和二十五年六月 大同海運は日本郵船、大阪商船及び三井船舶と競争の末、占領軍並びに運輸省の特別許可を得て、南米アルゼンチンへの往復荷物(荷主はコンチネンタル・グレイン社)を獲得した。

高栄丸には渡辺礼儀船長以下精鋭クルーが乗り組み、昭和十六年以来九年ぶりに戦後初めて赤道を越え、正に万里の波濤を蹴る活躍は、戦後の日本海運再建史の名誉ある第一ページを飾ったのであるが、当時は同航路の海図が整わず、当局が鋭意補完に奔走してくれた背景もあった。

かくして六月二十四日快晴の正午過ぎ、関係業界はもとより、多数の一般神戸市民の見送りの下、山崎猛運輸大臣の壮行の祝辞が読み上げられ、勇躍高栄丸は南米への壮途に就いたのであった。

(出典;大同海運社史。原著作権は社史にあり。抜粋の不備は著者の責に帰す。)

©2008 Kaneo Kikuchi

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